日本のソフトウェア産業がいつまでもダメな理由
識者に集まってもらって座談会を開き、その内容をもとに書籍にしたという何とも安直な作り。
まあ、それでも多少は考えさせられることはあった。
- 作者: 久手堅憲之
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2008/03/28
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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日本のエンジニアは、現場では少数派にすぎない彼ら外国人エンジニアが脅威だとはあまり考えないだろう。だが、あなた自身が言葉もわからない海外の現場に飛び込んで、地元のエンジニアと机を並べて仕事をする図だって想像しにくいはずだ。いくつかの点で、彼らはすでに私たちより優れていると思った方がいい。
これにはガツンときた。
うちには常駐のソフトハウスメンバーが何人かいるが中国人が増えてきた。
そのうちの1人と話したことがあるが日本語は怪しいものだった。
「これじゃ一緒に仕事できないよ」なんて偉そうなことまで思った。
でも、中国出張で俺の英語を中国人が聞いたときもきっと同じことを思ったことだろう。
それに日本語が怪しいといったって俺の英語よりははるかにマシなレベル。
きっと彼らは日本語を猛勉強して日本に来たのだろう。
じゃあ、俺は英語を猛勉強しているか?・・・してません。
海外赴任できるか?・・・できません。
そういった意味では確かに俺は彼らに負けている。
海を越えてやってくる外国人エンジニアたちが、単に「安いから」そこにいると考えるのは驕りというものだろう。事実、彼らが今座っている席は、少し前まで日本人エンジニアで占められていたはずだ。価格も含めてのことだろうが、彼らは日本人たちを競争で淘汰してその席を得ているのだ。
「いや、安いからでしょ」と言うのは簡単だが上にも書いたように中国人が増えてきているのは事実。3,4年前には見たことがない光景だ。俺の席だっていつ彼らに奪われるか知れたものではない。
それぐらいの危機感を持っていてちょうどいいだろう。
重要なのは設計と分析です。この仕事ができる人は少ないですね。コーディング自体は重要でなくなるでしょう
コーディングはオフショア主体になるということのようだ。
コーディングが重要でないとは思わないが、残念ながらこれはプログラマー側の論理であって一般的には重要と思われていないのは確か。うちの会社でもそう。
なので、コーディングにしがみついていると席を中国人に奪われてしまうだろう。
残念だけどこれが現実か。